STUDIO ARTISAN からだとこころのいろいろ

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本質をいきるということ

すこし前のブログにもかきましたが、わたしのレッスンを受けてくださる方々、みなさま『個性』のある方ばかりです。
そして、その『個性』は日に日に輝きを増していきます。


かくいうわたし自身も、この数年でだいぶ変わりました。
【地がでる】っていうんですかね。あるがままっていうか、そのままというか。
自分にウソつかなくなりました。

自分をオープンにしてみて、こんな自分でも受け入れてくれるんだなって、信頼してもらえるんだなと、少しずつ歩みを進めることで、だんだんと自分らしく、そのままでいられるようになりました。

共に歩いてくださっている皆さんの存在というのはありがたく、嬉しくて、さらにオープンになっていく自分を感じます。


『個性』ってあかちゃんの頃にもうでますよね。
のんびりやさん、せっかちさん、よく笑う、よく眠る、よく動く、とか。

何かの本で読んだのですが、あかちゃんがうまれて、そのまましばらく「へその緒」を切らずに待っていると、へその緒の中を通るお母さんからの栄養分が全部あかちゃんに行ききる時間にあかちゃんごとに差があるんだそうです。
のんびりやさんはその時間が長くて、せっかちさんは短いんだそうです。
そんな頃にもう性格がわかるんだな、と興味深く読んだ記憶があります。


で、そういった『個性』って、ある意味では死ぬまで変わらないんだとおもうんです。死んでからも変わらないのかもしれませんけど。


生きていく中では、どうしても『生きる術として必要なテクニック』は身につけるわけですが、その途中で『個性』って消されていくことが多いですよね。

今のところ、「右にならえ」で人と同じことをしている方がいろいろ生きやすいわけですから。

でも、からだに向き合うと「右にならえ」ではいられなくなります。
「右にならうのなんかいやだーいうことききたくないー」と、反発していたところが素直になっていくっていう反作用はあると思いますが、基本的には自分の本質が目覚めます。

『あ、あたしそういえばこういうの好きだったな』とかってことを数十年ぶりに思い出したり、『この匂いなんだっけ、この音なんだっけ、このからだの感覚しっているな』みたいに“感覚”も蘇ったりするわけです。それが加速すると、本当に『個性』が輝きはじめます。


からだって【全てを記憶】しているらしいです。

例えば、こどものころ嗅いだにおいってのも全部覚えているんだそうです。
人口的な香料や化学調味料でいくら嗅覚がバカになったように思っても、昔かいだことのある「香り」を嗅ぐことで、子どもの頃の思い出が脳裏に蘇ったりするんだそうです。

「音」なんかも如実にそういうことが起こりますね。
“あの頃聴いた歌”とかがテレビなどで何度も放送されるのも、懐かしい記憶が蘇るからだと思います。

表面上は忘れたようにおもっていても、からだの内側には全て記憶されているから、実はいつでも引き出すことができるんですね。



そんな感じで、からだに元々備わっている機能ってのがあるわけです。
レッスンなどでからだを最大限に働かすよう自分で促していくことで「自分という名の個性」に必ずぶちあたります。
そして、そのまんまでいっかーと過ごしていく中で、だんだんと自分らしさみたいなものがでてきます。

更にキラキラしてきます。


わたしはそんな風に皆さんがキラキラしていくのをみるのが大好きです。
もっともっとキラキラする人が増えればいいなとおもってます。