STUDIO ARTISAN からだとこころのいろいろ

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全部、いう。

18歳のほぼ同じ時期に、母親とバレエの先生に

「なんでも言ってね」と言われたことがある。

 

母親のことは子供の頃から見ていて信用できなかったので

「なんでも」言わなかった。

バレエの先生のこともずっと観察してきて、信用はできないので

「なんでも」言わなかった。

 

二人にそう言われたということは

わたしが「何も言ってないこと」を感じたからなんだと思うけど

二人とも、当時のわたしにとっては【信頼できる大人】ではなかったので

自分のことを伝えてわかってもらえるわけがないと

本心は言わずに生きてきた。

 

昨年だったか、ホロスコープを読める人に

「18歳くらいまでは、周りに信用できる大人がいなくて大変だったわね〜」と言われて

「はい、大変でしたね。」と会話した記憶がある。

でも、わたしの人生としては、それでよかったようで、今は特に気にしていない。

 

ただ、人に何か言うということが習慣づかなかったので

本心でコミュニケーションをとるということに、少し抵抗が生まれてしまったのも事実。

 

本人がどう思っているか、どう感じているか確認できぬまま

「わかっているだろう」

「わかってくれているだろう」

「こう思っているハズだ」

そんな感じで、なんとなくコミュニケーションをとってきてしまった。

 

講師という立場でいろんな人と触れ合ううちに

「確認する」ということの大切さを知った。

面倒くさいからみんながやらなくなっていく作業の一つ

『確認する』ということのなんと大切なことか。

 

まだ『確認する』という作業における自分のレベルは低いけど

来年も、確認作業を怠らずに

いろんなことをやりたいなと

そんなことを思います。

 

わかってくれているだろうは

何も伝わってないと同じ。

 

全部、確認するために、言葉に出して、言わないとね。